「【事例で見る】新製品開発・新規事業創出の進め方」では、工作機械保守業のA社が「延命支援サービス」にたどり着くまでの検討過程を解説しました。今回は視点を変え、もしA社がこのプロセスの一部を省略していたら、何が起きていたかを考えてみます。

このページは2部構成です。
①A社が一部の検討や分析を省略した場合に起こったかもしれない出来事
②A社の事例には表れない、業種を問わず起きやすい一般的な失敗パターン
①プロセスの一部を省略していたら、何が起きていたか
1 顧客の課題を掘り下げず、自社の強みだけで発想していたら
起きていたかもしれないこと
「当社には保守技術がある」という発想からスタートし、既存の修理サービスをそのまま高度化する方向(対応スピードを上げる、対応可能機種を増やす)に終始していたかもしれません。この場合、既存事業の改善・拡張の域を出ず、「新しい事業」と呼べるものにはなっていなかった可能性があります。
実際のA社
顧客の「なぜそれに困っているのか」を掘り下げたことで、「事後対応から予防保全へ」という事業モデルそのものの転換にたどり着いた。
2 PEST分析をせず、目の前の顧客の声だけで判断していたら
起きていたかもしれないこと
数社からの相談増加を「市場が広がっているサイン」と早合点し、実際には一時的な現象(特定の顧客の設備がたまたま同時期に古くなっただけ)だった場合、事業化した後に想定した需要が続かず、収益が先細りしていた可能性があります。
実際のA社
社会・経済・技術という3つの視点で変化を確認し、「保守空白領域の拡大」が一時的でなく構造的な現象であることを裏付けたうえで着手した。
3 STPで絞り込まず、全60社に一律提案していたら
起きていたかもしれないこと
「サポート終了設備を保有していない」「既に設備更新の予定がある」といった、本来ニーズの薄い顧客にまで一律に営業をかけ、技術者3名の体制がすぐに逼迫していた可能性があります。手が回らなくなった結果、診断の質が下がり、契約を取れても解約が相次ぐという悪循環に陥りかねません。
実際のA社
「サポート終了設備×更新予定なし」というセグメントに絞り込み、限られた体制でも質を落とさず対応できる範囲から着手した。
4 アイデアを広げずに、最初の案に決め打ちしていたら
起きていたかもしれないこと
最初に思いついた「老朽設備の下取り・中古販売」にそのまま着手していた場合、これは単発の物販事業にとどまり、顧客が本当に求めていた「予算計画を立てやすくしたい」というニーズには応えられません。安定収益源を作るという当初の目的そのものが達成できなかった可能性があります。
実際のA社
複数案を比較検討した結果、月額定額で一体提供する「予防保全型」の案が、顧客ニーズと自社の強みの両方に最も合致すると判断した。
5 試験導入をせず、いきなり全社に本格展開していたら
起きていたかもしれないこと
月額料金の設定が高すぎた、または安すぎた場合、あるいは診断頻度が顧客の実感と合っていなかった場合、それに気づくのが60社への展開後になり、契約条件の見直し・再交渉という大きな手戻りが発生していた可能性があります。
実際のA社
試験導入の意向がある3社に絞って先行契約し、料金設定・診断頻度の妥当性を確認してから、段階的に展開範囲を広げる計画にした。
6 体制の実現可能性を検証せず、目標を先に決めていたら
起きていたかもしれないこと
「3年で30社」という目標だけを先に掲げ、技術者の増員計画を後回しにしていた場合、契約社数が増えるにつれて既存の保守業務と新規事業の両方が回らなくなり、共倒れになっていたかもしれません。数値目標だけが独り歩きし、根拠の乏しい計画に見えてしまっていた可能性もあります。
実際のA社
契約件数の増加ペースに合わせて技術者を1名増員するタイミングをあらかじめ計画に組み込み、体制と目標を連動させた。
②業種を問わず起きやすい一般的な失敗パターン
A社の事例だけではカバーしきれない、新規事業創出において業種を問わず陥りやすい失敗パターンを、領域ごとに整理します。
組織・体制に関する失敗
経営者の思いつきだけで進め、社内の合意形成をしないまま着手する
新規事業は多くの場合、経営者自身が最も強い熱意を持っています。しかしその熱意だけで社内を巻き込まずに進めると、現場の従業員が「やらされている」状態になり、実行段階で協力を得られなくなることがあります。新規事業の初期段階から、実際に手を動かすことになる従業員の理解と合意を得ておくことが重要です。
新規事業の担当者を、既存事業と兼務のまま置き続ける
新規事業の担当を「手が空いている人」に割り振り、既存業務と兼務させたまま進めるケースは少なくありません。忙しい時期には既存業務が優先され、新規事業の検討が後回しになり続けます。専任化が難しい場合でも、新規事業に使える時間・権限をあらかじめ明確に確保しておく必要があります。
意思決定者が現場から離れすぎている
経営層だけで方針を決め、現場の実情を踏まえずに計画を進めると、実行段階になって「その体制では回らない」という問題が発覚することがあります。計画段階から、実際に業務を担う現場の声を取り入れることが重要です。
権限と責任の範囲を曖昧にしたまま進める
新規事業の担当者に「やってほしい」とだけ伝え、どこまで自分の判断で決めてよいのかを明確にしないまま進めるケースがあります。都度経営者の承認を待つ必要がある状態では意思決定が遅れ、機会を逃しやすくなります。予算・契約・価格変更などについて、あらかじめ裁量の範囲を決めておく必要があります。
経営陣の間で新規事業への温度差がある
代表者は乗り気でも、他の役員・幹部が懐疑的なまま進めてしまうと、必要な資源配分(予算・人員)で社内調整が難航することがあります。着手前に経営陣の間で目的・期待値をすり合わせておくことが望ましいです。
資金・収益に関する失敗
新規事業の赤字を、既存事業の利益で恒常的に補填し続ける
立ち上げ期に一定期間の先行投資が必要になるのは自然なことです。しかし「いつまでに黒字化するか」という目安を定めないまま既存事業の利益で補填し続けると、新規事業が既存事業の収益を静かに蝕む状態が固定化しかねません。撤退・見直しの判断基準は、あらかじめ持っておいた方がいいでしょう。
初期投資を過小に見積もる
設備投資額や運転資金を楽観的に見積もり、実際に着手してから追加の資金が必要になるケースがあります。特に外注費・専門家費用・許認可取得費用など、見落としやすい付随コストを事前に洗い出しておく必要があります。
資金調達の方法を検討せずに計画を進める
自己資金だけで賄えると想定していたが、実際には金融機関からの融資や補助金の活用が必要だったというケースがあります。資金調達の手段(融資、補助金、自己資金の配分)は、事業計画と並行して早い段階から検討しておくことが望ましいです。
売上の立ち上がりを楽観的に見積もる
新規事業は認知や信頼の獲得に時間がかかるため、初年度から想定通りの売上が立つとは限りません。契約・受注までのリードタイムを保守的に見積もり、資金繰りに余裕を持たせておく必要があります。
損益分岐点を把握しないまま投資を続ける
「あとどれくらい売上・契約件数が増えれば黒字化するのか」という損益分岐点を把握しないまま事業を進めると、赤字の垂れ流しに気づくのが遅れます。早い段階で損益分岐点を試算し、定期的に進捗と照らし合わせることが重要です。
価格設定を原価の積み上げだけで決めてしまう
コストに一定の利益を上乗せするだけの価格設定は、顧客が感じる価値と乖離することがあります。特にサービス業では、原価計算に加えて「顧客がいくらなら払う価値を感じるか」という視点も踏まえて価格を検討する必要があります。
市場・顧客に関する失敗
市場調査を「やった気になる」だけで終わらせる
インターネット検索で得た情報だけをもとに市場規模を語ってしまうケースは少なくありません。実際に顧客に話を聞く、業界団体の統計を確認するなど、一次情報に近いところまで踏み込んで裏付けを取ることが、計画の説得力を左右します。
少数の声を市場全体のニーズと錯覚する
親しい取引先や身近な顧客からの「いいね」を、市場全体の反応と受け取ってしまうことがあります。好意的な関係にある顧客ほど率直な否定的意見を言いにくいものなので、利害関係の薄い相手からも意見を集めてみるとよいでしょう。
競合の反応を織り込んでいない
新規事業が軌道に乗り始めると、既存の競合や新規参入者が対抗策を打ってくる可能性があります。「今は競合がいないから大丈夫」ではなく、事業が成功した場合に競合がどう反応するかまで想定しておく必要があります。
顧客層を絞らず、総花的に展開してしまう
できるだけ多くの顧客に届けたいという思いから、ターゲットを絞らずに展開すると、誰にとっても「まあまあ良い」だけの製品・サービスになり、強い支持を得られないことがあります。狭くても深く刺さる顧客層を先に固める方が、事業として立ち上がりやすい場合が多いです。
顧客の声を聞きすぎて、特徴のない製品・サービスになる
市場調査の甘さとは逆に、あらゆる顧客の要望を取り入れようとした結果、当初の狙いがぼやけてしまうこともあります。すべての声に応えようとするのではなく、「誰の、どの課題を最優先で解決するか」という軸を保つ必要があります。
法務・許認可に関する失敗
必要な許認可・資格の確認を後回しにする
業種によっては、事業開始前に許認可の取得や資格者の配置が必要な場合があります。事業計画がある程度固まってから許認可の要件に気づき、開始時期が大幅に遅れるケースもあるため、検討の早い段階で確認しておくことが重要です。
知的財産権の扱いを整理しないまま進める
独自の技術・ノウハウを事業の核とする場合、特許・商標などの知的財産権をどう扱うかを整理しないまま進めると、後から模倣されて優位性を失うことがあります。権利化するかどうかも含め、早い段階で方針を検討する必要があります。
契約書・利用規約の整備を後回しにする
特にサービス業では、料金体系・解約条件・免責事項などを明文化しないまま顧客との取引を始めてしまうことがあります。トラブルが起きてから契約書を整備するのでは遅く、事業開始前に整えておく必要があります。
個人情報保護の対応を後回しにする
顧客データを扱う事業では、個人情報の取得・保管・利用方法についてのルール整備が欠かせません。事業が軌道に乗ってから対応しようとすると、既に集めたデータの扱いに困るケースもあるので、事業開始前に方針を決めておいた方が安全です。
労働関連法規の確認が漏れる
新規事業に伴い従業員の業務内容・勤務形態が変わる場合、労働時間・安全衛生に関するルールの見直しが必要になることがあります。既存事業の延長で考えて確認を怠ると、後から是正対応に追われることになります。
実行・オペレーションに関する失敗
新規性を追求するあまり、自社の強みと無関係な分野に手を広げる
「新しいことをやりたい」という思いが先行すると、自社の技術・顧客基盤・ノウハウとまったく関係のない分野に進出してしまうことがあります。新規性は重要ですが、自社にとっての新規性であって構いません。既存の強みを土台にした新規性の方が、実現可能性・優位性の両面で説明しやすくなります。
撤退基準を決めずに走り出す
新規事業には不確実性が伴います。「どうなったら継続し、どうなったら撤退・方向転換するか」という基準を事前に決めておかないと、うまくいっていない状態でもずるずると継続してしまい、損失が拡大してから気づくということになりかねません。
属人化したノウハウを仕組み化しないまま拡大する
立ち上げ当初は特定の担当者の経験・勘に頼って運営できていても、規模が拡大するとその担当者に業務が集中し、対応品質が不安定になります。早い段階で作業を標準化・文書化し、他の人でも一定水準で対応できる仕組みに変えておく必要があります。
効果測定の指標を決めずに始める
「うまくいっているかどうか」を判断する指標(契約件数、解約率、顧客満足度など)を事前に決めていないと、事業の進捗を客観的に評価できません。感覚的な手応えだけで継続・拡大の判断をしてしまうリスクがあります。
指標を決めても、検証・見直しをしない
KPIを設定すること自体が目的化し、実際の数値を定期的に振り返らないまま放置されるケースがあります。指標は決めて終わりではなく、一定期間ごとに実績と照らし合わせ、計画を修正する仕組みとセットで運用する必要があります。
初期の成功体験に固執し、方向転換が遅れる
立ち上げ当初にうまくいった方法に固執し、環境の変化や顧客の反応が変わってきているのに同じやり方を続けてしまうことがあります。定期的に前提が変わっていないかを見直し、必要であれば早めに方向転換する柔軟さを持っておきたいところです。
既存事業の顧客・取引先との関係を軽視する
新規事業に力を入れるあまり、既存事業の顧客対応がおろそかになり、本業の信頼を損なうケースがあります。新規事業はあくまで既存事業という土台があってこそ成立することが多く、両立のバランスを意識する必要があります。
人材・採用に関する失敗
必要なスキルを持つ人材が社内にいないまま計画を進める
新規事業に必要な専門知識・スキルを、既存の人員でまかなえると楽観的に見込んでしまうことがあります。実際に着手してから人材不足が発覚すると、採用や育成に想定以上の時間がかかり、計画全体が遅延します。着手前に必要な人材像を明確にし、社内で対応できるか、採用や外部委託が必要かを見極めておく必要があります。
外部人材への依存度が高すぎて、知見が社内に残らない
専門性の高い部分を外部の専門家・業務委託に任せきりにすると、その人が離れた時に事業のノウハウごと失われてしまうことがあります。外部の知見を借りながらも、並行して社内に知識・経験を蓄積する仕組みを持っておく必要があります。
新規事業への異動・配置転換で、既存事業の人員が不足する
新規事業に人員を割いた結果、既存事業の現場が手薄になり、本業のサービス品質が低下することがあります。新規事業の人員計画は、既存事業への影響も含めて検討する必要があります。
IT・システムに関する失敗
業務システムの整備を後回しにし、手作業の限界で成長が止まる
立ち上げ当初はExcelや手作業で十分対応できていても、契約件数や取引が増えるにつれて処理が追いつかなくなることがあります。事業が一定規模に達する前に、業務システム・顧客管理の仕組みを整備しておく必要があります。
情報セキュリティ対策を軽視する
顧客データや取引情報を扱う以上、情報漏洩・不正アクセスへの対策は避けて通れません。小規模な事業だからと対策を後回しにすると、一度の事故が事業全体、場合によっては既存事業の信頼にも影響します。
サプライチェーン・仕入れに関する失敗
仕入れ先・調達ルートを1社に依存する
特定の仕入れ先・部品調達先に依存した事業設計は、その1社が供給を停止した場合に事業継続そのものが困難になります。代替調達先の確保や、依存度を下げる工夫をあらかじめ検討しておく必要があります。
外注先の品質管理体制を確認しないまま契約する
製造や加工の一部を外注する場合、外注先の品質管理体制を十分確認しないまま契約すると、後から品質問題が発覚し、自社の信頼にも影響することがあります。契約前に外注先の実績・体制を確認するプロセスを設けておく必要があります。
対外関係・ブランドに関する失敗
情報発信のタイミングを誤り、需要と供給のバランスが崩れる
プレスリリースやSNSでの発信が想定以上に反響を呼び、対応できる体制が整う前に問い合わせが殺到してしまうことがあります。実際に対応できる体制が整ってから発信するか、段階的に範囲を広げるくらいの慎重さがちょうどよいかもしれません。
既存事業のブランドイメージと新規事業の方向性が矛盾する
これまで築いてきた企業イメージと大きく異なる新規事業を展開すると、既存顧客に違和感を与え、本業の信頼にも影響することがあります。新規事業が既存のブランドとどう関係するのかを、対外的にも整理して説明できるようにしておく必要があります。
失敗パターンから見えること
今回挙げた失敗パターンを見てみると、共通しているのは「本来やっておくべき検討を省いてしまったこと」です。
A社が実際に行った検討も、特別なことをしているわけではありません。顧客の課題を確認し、市場の変化を見て、ターゲットを絞り、いくつかの案を比較する。そして、いきなり大きく始めるのではなく、小さく試してみる。どれも、一つずつ確認していけばできることです。
もちろん、こうした検討には時間も手間もかかります。「そこまで調べなくても、まずやってみればいい」と考えたくなることもあるでしょう。
しかし、新規事業では、始めてから「思っていたのと違った」と気づくと、その修正にもっと大きな時間やお金がかかります。
だからこそ、始める前に一つずつ確認しておくことが大切です。
新規事業では、すべてのリスクをなくすことはできません。大切なのは、考えられるリスクをできるだけ事前に洗い出し、「ここまでは確認したうえで進める」という状態をつくっておくことです。
A社がたどった検討ステップも、結局はそのためのものでした。
検討の進め方を最初から確認したい方は、事例記事もあわせてご覧ください。【事例で見る】新製品開発・新規事業創出の進め方
本記事のA社は、経営革新計画の考え方を説明するための架空の事例です。実在の企業とは関係ありません。反実仮想の内容も、検討過程の重要性を説明するための仮定であり、実際にA社に起きた出来事ではありません。
新規事業で起きる失敗の多くは、必要な検討を飛ばしてしまったことから生じます。
顧客、提供価値、自社の強み、実現可能性、数値根拠などを事業の骨子として一度整理しておくことは、検討漏れを確認する方法の一つです。【新規事業の骨子として整理しておきたい内容】
