新規事業はなぜ社内で反対される?沢根スプリングの事例から考える社内の壁
良い新規事業でも、社内で歓迎されるとは限らない
新しい事業を考えたとき、
「市場に需要があるか」「技術的に実現できるか」「採算が合うか」
といったことは当然検討します。しかし、それだけでは新規事業は動きません。
実際に商品をつくり、顧客へ届けるのは社内の人たちです。
そのため、
「今の仕事だけでも忙しい」
「なぜそんな非効率な仕事をやるのか」
「既存事業の方が確実ではないか」
「今までのやり方と合わない」
といった反応が起こることがあります。
当サイトでは、事業化を阻む課題を市場・技術・資金・社内の「4つの壁」として整理しています。
今回取り上げる沢根スプリング株式会社の事例は、この中でも特に「社内の壁」を考えるうえで分かりやすいケースです。
同社が始めたのは、ばねを1本から販売するカタログ通信販売でした。
現在では同社を特徴づける事業の一つですが、始めた当時は、先代を除く社員全員から反対されたと紹介されています。 (日商 Assist Biz)
なぜ、後に会社の強みとなる事業が、最初はこれほど反対されたのでしょうか。
そこを考えると、新規事業で起きる「社内の壁」の正体が見えてきます。
※本記事は、沢根スプリング株式会社や当時の社員の判断を評価することを目的としたものではありません。公開されている企業事例をもとに、中小企業の新規事業の事業化について考えるケーススタディです。

量産中心の会社が「ばねを1本から売る」
沢根スプリングは、1966年創業のばねメーカーです。
かつては、自動車やバイク向けの量産品が中心で、特定の顧客・業種への依存度が高い事業構造でした。大量に同じ製品を生産し、スピードとコストを競うことが重要な仕事だったと紹介されています。 (日商 Assist Biz)
そのような中で、沢根孝佳氏は1987年、社長就任前にばねのカタログ通信販売を始めます。
特徴は非常に明確でした。【ばねを1本から販売する。】
現在の沢根スプリングでも、標準ばね「ストックスプリング」は1個から購入でき、即日発送を強みとしています。 (沢根スプリング株式会社)
今から見ると、
「少量でも必要な顧客にすぐ届ける」という分かりやすい顧客価値があります。
しかし、当時の製造現場から見ると話は違います。
なぜ社員は反対したのか
日商の記事では、この新事業について、先代以外の社員が全員「NO」を突きつけたと紹介されています。
ここで、「社員が新しいことを嫌った」と考えるだけでは、この事例の重要な部分を見落とします。
当時の既存事業は量産が中心です。同じ製品を大量につくるのであれば、段取りを整え、できるだけ効率よく生産することが重要になります。一方で、「ばねを1本だけ作ってほしい」という注文はどうでしょうか。
1個のために、
図面を確認する → 段取りをする → 加工する → 管理する → 梱包する → 出荷する
必要があります。既存の量産事業のものさしで見れば、
少量生産=手間がかかる=非効率
です。
実際、公開記事でも新事業は「非効率、非生産」と見られていたとされています。
つまり、反対には理由があります。ここが新規事業の難しいところです。
既存事業では「正しい判断」が、新規事業では壁になることがある
既存事業では、「同じものを効率よく大量につくる」ことが正しい。
新しい事業では、「1個でもすぐ欲しい顧客に応える」ことに価値がある。
評価基準が違います。
そのため、新規事業を既存事業と同じものさしで評価すると、
「採算が悪そう」
「手間がかかる」
「効率が悪い」
「今の仕事の邪魔になる」
という結論になりやすくなります。
これは、当サイトの「事業化を阻む4つの壁」でいう社内の壁の一つです。
社内の壁は、単なる人間関係の問題ではありません。
既存事業と新規事業で、仕事の仕方や評価基準が異なることによって生まれる壁でもあります。

それでも新事業を続けた理由
反対された新事業は、すぐに大きな成果が出たわけでもありません。
日商の記事では、当初は事業が伸びなかったことも紹介されています。それでも沢根氏が続けた背景には、明確な考え方がありました。
同社では、「会社を永続させる」ことを重要な経営理念として掲げています。当時は特定の顧客や業界への依存度が高く、価格競争にもさらされていました。
そこで、小口・スポット品という、量産品とは違う市場へ徐々に軸足を移していきます。
単に、「ばねを1本から売ったら面白そう」というアイデアではありません。
その背景には、
特定顧客への依存を減らす
↓
価格だけで競争しない
↓
小ロット・短納期という価値を提供する
↓
顧客を広げる
↓
会社を長く続けられる事業構造にする
という道筋があります。
新規事業が社内で理解されにくいとき、
「何をやるか」だけでなく、「なぜそれをやるのか」
まで示す必要がある理由がここにあります。
関連記事:新規事業の事業化ストーリーの作り方|売上・利益までの道筋をつなぐ
一気に変えず、既存事業を残しながら進めた
沢根スプリングの事例で特に参考になるのは、既存事業を突然全部やめて、新しい事業へ切り替えたわけではないことです。
新しい取り組みは、関連会社を活用するなどして、既存の量産事業と分けながら進められました。
さらに、小口・スポット品の比率も一気に高めるのではなく、少しずつ変えていきました。
沢根氏自身も、改革は「今日、明日で切り替わるものではない」と説明しており、数%ずつ時間をかけて変えていったことが紹介されています。
これは当サイトで説明している事業化ロードマップを考えるうえでも重要です。
新規事業を始める際、
既存事業を止める → 新規事業へ全面移行
という二択にする必要はありません。
例えば、
一部で試す → 実績を作る → 社内に経験を蓄積する → 少しずつ比率を増やす
という進め方もできます。特に中小企業では、既存事業が日々の売上や利益を支えています。
そこを不安定にしてまで新規事業を進めるのではなく、既存事業を維持しながら新しい事業を育てるという考え方が現実的です。

新規事業に合わせて、人の仕事も変わっていった
さらに興味深いのが、事業を変えるだけではなく、仕事の仕方そのものも変えていったことです。
量産品では、工程を分業し、決められた作業を効率よく進めることが重要です。
しかし、小口品や試作品では、「この図面ならどう作るか」「この注文にどう対応するか」を現場自身が考える必要があります。
沢根スプリングでは、少量生産を増やす中で「考える」ものづくりへ少しずつ移行し、複数人で試行錯誤することで職場内の交流も生まれたと紹介されています。さらに、社内勉強会を行い、製造チームが工夫を共有するなど、人材育成も進めています。
これは非常に重要です。
新規事業では、【新商品を作れば終わり】ではありません。
必要に応じて、
「役割」「仕事の進め方」「判断の仕方」「必要な能力」「部門間の連携」
まで変える必要があります。
当サイトで「社内の壁」を事業化の課題として扱っている理由もここにあります。
「社内の理解」は精神論だけではない
中小企業庁の2023年版中小企業白書でも、新規事業創出が成長に寄与した企業ほど、
経営者が進捗管理・意思決定を担うことや、新規事業を社内に理解させる取組
を行っている傾向が示されています。 (中小企業庁)
さらに、既存事業に従事する社員の理解を得られた企業では、
- 新規事業に取り組む意義の共有
- 経営幹部の戦略・計画の開示
- 新規事業の進捗情報の社内発信
- 顧客の声の共有
などを行っている傾向があります。
つまり、「新規事業だから協力してください」と言うだけでは十分ではありません。
社員から見れば、
なぜやるのか
どこを目指すのか
今どうなっているのか
顧客はどう評価しているのか
が分からなければ、既存業務より優先する理由も分かりません。
社内の理解を得ることも、事業化の仕事の一つです。
KPI・進捗管理も「売上だけ」ではない
今回の事例は、KPIについても考えることができます。
新規事業を立ち上げた直後に売上だけを見れば、
「まだ小さいからやめよう」という判断になりかねません。
しかし、事業化の初期には、
- 新規顧客が増えているか
- 問い合わせが増えているか
- 小口注文が継続しているか
- 対応できる社員が増えているか
- 新しい仕事の進め方が定着しているか
といった途中の変化を見ることも重要です。
沢根スプリングの事例でも、小口スポット品への転換は長い時間をかけて進められています。公開記事時点では、小口スポット品が売上の60%を占め、標準ばねも570種類から5000種類へ拡大していました。
現在も同社は「1本から」の少量対応や短納期を自社の強みとして掲げています。
新規事業では最終成果だけでなく、
「事業として成立する方向へ進んでいるか」
を見ることが大切です。
関連記事:新規事業のKPI・進捗管理|成果と行動を確認しながら事業化を進める
社内の反対は、必ずしも悪いことではない
今回の事例からもう一つ考えたいのが、この点です。社員が新規事業に反対したからといって、
「社員の意識が低い」とは限りません。
既存事業を長年支えてきた社員ほど、
- 生産効率
- 品質
- 納期
- 既存顧客への対応
- 現場の負荷
をよく理解しています。
その視点から見れば、新しい事業に問題があるように見えるのは当然の場合があります。
むしろ反対意見の中には、「事業化するために解決すべき課題」が含まれていることもあります。
大切なのは、「反対を押さえ込むことではなく、なぜ反対されるのかを確認すること」です。
そして、
本当に問題なら計画を直す。
既存事業との評価基準の違いなら、その違いを整理する。
この切り分けが必要です。
沢根スプリングの事例を「社内の壁」で整理すると
今回の流れを整理すると、次のようになります。
| 実際の出来事 | 事業化で見るポイント |
|---|---|
| 特定顧客・量産品への依存 | 新規事業に取り組む背景 |
| ばねを1本から販売する新事業 | 新たな提供価値 |
| 社内から強い反対 | 社内の壁 |
| 既存事業では非効率に見える | 評価基準の違い |
| 経営理念を軸に継続 | 事業ビジョン・戦略 |
| 既存事業と分けながら実施 | 事業化ロードマップ |
| 少しずつ小口品へ移行 | 段階的な事業化 |
| 現場が考える仕事へ変化 | 社内体制・人材育成 |
| 小口スポット品が事業の柱へ | 事業成果 |

自社の新規事業なら何を確認するか
新規事業が社内でなかなか進まない場合は、次の点を確認してみてください。
- なぜこの新規事業に取り組むのかを説明できるか
- 既存事業だけでは将来どのような問題があるのか
- 社員が反対している理由を具体的に確認したか
- 既存事業の評価基準だけで新規事業を判断していないか
- 新規事業のための時間・人員・役割を確保しているか
- 誰が意思決定し、誰が実行するのか明確か
- 最初から全社を変えず、小さく試せないか
- 顧客の反応や進捗を社内で共有しているか
- 新規事業に必要な能力を社内で育てているか
- 実績に応じて少しずつ事業を広げられる仕組みになっているか
特に重要なのは、「新規事業に反対する人をどう説得するか」だけを考えないことです。
社員が動けない理由が、
時間がない
役割が不明確
既存業務と評価基準が違う
必要な能力がない
のであれば、説明だけでは解決しません。
事業化するための環境そのものを変える必要があります。
「社内の壁」を越えることも事業化
他の2つの事例では、
サンコー: 注目されても購入されるとは限らない
自由創作みがと居座屋:売れても利益が残るとは限らない
ということを見てきました。
沢根スプリングの事例から分かるのは、そのさらに別の問題です。
市場に可能性があっても、社内が動かなければ事業にはならない。ということです。
商品開発から事業化へ進むには、
市場・技術・資金だけでなく、「人や組織が実際に動ける状態」を作る必要があります。
沢根スプリングの事例で特に参考になるのは、最初から社員全員が賛成していたわけではないことです。
むしろ、既存事業から見れば非効率に見える新しい仕事を、
という長いプロセスで定着させています。
新規事業は、経営者が「やる」と決めた瞬間に始まるわけではありません。
社内の人が動き、顧客へ価値を届けられる状態になって初めて、事業として動き始めます。
関連記事
新規事業の事業化とは?開発した商品・サービスを事業として立ち上げる進め方
→ 事業化全体の流れを確認する
新規事業の事業化を阻む4つの壁
→ 市場・技術・資金・社内の課題を整理する
新規事業の事業化ストーリーの作り方
→ なぜ新規事業に取り組み、何を成果につなげるか整理する
新規事業の事業化ロードマップの作り方
→ 既存事業を維持しながら段階的に事業化を進める
新規事業のKPI・進捗管理
→ 最終成果だけでなく、事業化の途中経過を確認する
事例:新商品は完成したのになぜ売れない?サンコーの事例
→ 市場の壁を考える
事例:売れているのになぜ赤字?自由創作みがと居座屋の事例
→ 採算・資金の壁を考える
参考資料
日商 Assist Biz「沢根スプリング」の企業事例
沢根スプリング公式「ストックスプリング」
中小企業庁「2023年版中小企業白書―新規事業創出の成功に向けた組織体制の構築」
