「新規性をしっかり書いたはずなのに、審査で『実現可能性に疑問がある』と指摘された。」
経営革新計画の申請に取り組んだ経営者から、こうした声を耳にすることがあります。一生懸命に「新しさ」を表現したのに、なぜそれが裏目に出るのか。
新規性と実現可能性は、一部トレードオフの関係にあります。
新規性を高く設定すればするほど、審査員の「本当にできるのか」という目線が自動的に厳しくなります。この記事では、そのトレードオフの正体を解説し、承認される計画書がどこでバランスを取っているかを具体的にお伝えします。
第1章 新規性には「2つの層」がある
1-1. 自社としての新規性(必須・絶対条件)
第1段階として、自社がこれまで行っていなかった取り組みであること。これは経営革新計画の根幹です。他社がすでにやっていても、自社として初めてであればこのフェーズは成立します。
なお、他社が先行していても申請自体は可能ですが、審査を通過するためには『自社独自の創意工夫(運用の違いやターゲットの絞り込み)』を明記することが必須条件となります。
1-2. 業界としての新規性(最近重要度が増しています!)
第2段階が、業界全体で見たときの新しさです。
特許性・技術革新性までは不要ですが、業界としての新しさ(新技術、ビジネスモデルなど)を求められる傾向が強くなっています。
単に高度な設備やシステムを導入しただけでは『単なる投資』とみなされます。その設備を用いて、いかに他社と異なる付加価値を生み出すかという具体的なプロセスが問われます。
1-3. 特許がなくてもいい理由
「業界としての新規性」と聞くと、特許が必要だと感じる経営者が多くいます。これは明確な誤解です。
- 既存の技術を、適用されていなかった業種・市場に応用する
- 複数の既存手法を組み合わせて新たなサービスとして提供する
- 地域特性に合わせた独自のビジネスモデルを構築する
既存技術であっても、別の市場や業種へスライドさせる、あるいは複数の手法を組み合わせることで『新規性』として成立します。
一方で、他社が即座に模倣できる(設備を買えば誰でもできる)事業は、新規性不足として弾かれます。
こんな時に使える考え方の一例として、VRIO分析という手法があります。
全てをこの分析に当てはめる必要はありませんが、「他社で簡単に模倣できないか?」の視点は意識してください。
1-4 VRIO分析とは

➀ その新製品(新技術・新サービス)は顧客にとって価値があるか?
➁ 希少性はあるか?
➂ 他社が模倣困難か?
➃ 組織的に活用できているか?
の順番で段階的に掘り下げていきます。(当然YESが多いほど、新規性は高いと言えます。)
経営革新計画では、最低でも➁(希少性)は必要ですし、できれば➂(模倣困難性)までは欲しいところです。
第2章 新規性と実現可能性のトレードオフとは何か
2-1. 新規性を高くすると何が起きるか
新規性を高く設定した計画書を読んだ審査員の頭の中では「それほど新しいことを、本当にこの会社はできるのか」という問いが自動的に生まれます。新規性が高いほど、実現可能性の根拠要求水準も上がります。
2-2. 実現可能性を重視すると何が起きるか
計画を保守的にすると新規性が薄れます。「着実にできる手堅い計画」を追求するほど、計画の内容は既存事業の延長線上に近づいていきます。
新規性を高くする ⇒ 実現可能性への疑念が強くなる ⇒ 根拠の記述を厚くしようとする
⇒記述が保守的になる ⇒ 新規性が薄れる ⇒ さらに新規性を高く書こうとする
⇒実現可能性が薄くなる・・・
2-3. 承認された計画書はどこでバランスを取っていたか
承認された計画書の多くは、新規性と実現可能性を「同じ文章の中で一緒に書こうとしていない」という共通点がありました。2つを混在させないことで、それぞれの主張が明確になります。
2-4. 「義務はない」は免罪符にならない
経営革新計画には、計画を必ず達成しなければならないという法的義務はありません。しかし「だから適当に書いても構わない」という解釈は大きな誤りです。
計画書の数値は、承認後の低利融資や補助金(ものづくり補助金等の加点審査)の場面で金融機関や支援機関にそのまま共有されます。実現可能性の低い計画は、承認後の資金調達フェーズで自社の首を絞める結果になります。
第3章 バランスを取るための実務的な書き方
3-1. 「何をやるか」と「なぜできるか」を分けて書く
「何をやるか」→ 新規性を示す文章 「なぜできるか」→ 実現可能性を示す文章
この2つを意識的に分けて書くだけで、トレードオフの多くは解消されます。
【記述例:製造業・新工法の導入】
【何をやるか:新規性】
当社独自の「熟練工の手作業ノウハウ」を組み込んだ半自動化ラインを新たに構築する。単なる省力化に留まらず、機械の段取り替え時間を極小化させることで、従来の手作業や他社の量産ラインでは困難だった「1個からの小ロット生産」と、「短納期」を両立させて他社と差別化する。
【なぜできるか:実現可能性】
対象設備はメーカー2社から見積取得済で、○○万円以内に収まる計画である。技術面では、熟練工のノウハウを機械に教え込む検証にすでに一部成功しており、メーカー研修を通じて早期の完全習熟を図る。販売面でも、取引先A社・B社から「小ロット・短納期」への切り替え意向と、初年度○○万円の受注見込みを確認済であり、実現性は極めて高い。
3-2. 実現可能性の根拠として使える素材
➀既存顧客からの引き合い・発注意向(件数・金額)
➁モニター・試験提供の結果
➂市場規模・対象人口のデータ(公的統計)
➃過去の自社成長率・実績データ
➀既存事業で培った技術・ノウハウとの関連性
➁協力会社・提携先との関係
➂スタッフの資格・研修実績
➀業界の市場成長トレンド
➁法改正・規制変更による需要の変化
➂地域特性(人口動態・産業構造)
審査員は「根拠の種類」より「根拠の具体性」を重視します。一次情報(自社が直接確認した事実)が最も説得力を持ちます。
3-3. 数値目標の設計で知っておくべき「付加価値額」の仕組み
付加価値額 = 営業利益 + 人件費 + 減価償却費
人件費と減価償却費は費用なので営業利益を押し下げますが、付加価値額の計算では足し直されます。つまり人件費・減価償却費は付加価値額に対してプラスマイナスゼロの影響です。
事業の遂行に人材採用や設備投資が必要な場合、これらを計上しても付加価値額の目標達成に悪影響を与えません。むしろ他の費用よりも人件費・減価償却費を優先して配分することが、付加価値額の目標を無理なく達成するための合理的な戦略です。(これは、制度として、人と設備への積極投資を促す明確なメッセージとも言えます。)
給与支給総額の目標値化(年率1.5%以上)も同じ考え方の延長です。人件費の向上を明示的に目標として組み込むことで、「事業の成長が従業員への還元につながっている」という計画の方向性を示すことができます。
【数値目標設計の順番】
Step 1:新規事業に必要な人材・設備を洗い出す
Step 2:付加価値額への影響を確認する(人や設備への投資は積極的に!)
Step 3:売上・営業利益の目標を設定する
Step 4:給与支給総額の目標を設定する
Step 5:付加価値額の目標を計算・確認する
3-4. 財務計画で修正を求められる2つの定番パターン
パターン① 運転資金を過大に見積もりすぎている
運転資金の計上は「新規事業により増加する分のみ」が対象です。既存事業の運転資金も含めて計上してしまっているケースが意外なほど多くあります。「これは新規事業により発生するコストか」という視点で一行ずつ見直してください。
パターン② 最終年度が黒字化していない
計画期間の最終年度において営業利益が黒字化していない計画書は、高い確率で修正を求められます。「経営の相当程度の向上」を示す計画が最後まで赤字では要件を満たしているとは言えません。
3-5. 実現可能性の「本当の難しさ」:売上高の根拠をどう作るか
新規事業の売上高を根拠として示すことは本質的に難しい作業です。既存事業には過去の実績データがありますが、新規事業にはありません。
審査員が「納得できる」売上根拠の条件:
審査員が重視するのは、予測の美しさではなく「売上高を構成する掛け算(ターゲット数×成約率×単価)のなかに、1箇所でも客観的な根拠(一次情報)が組み込まれているか」という点だけです。
例えば「単価5万円」とするなら、すでに既存客へ提示した見積書や、同業他社のリアルな価格相場などの裏付けが必要です。これが無い計画書は、審査官から「ただの願望(妄想)」と判定されます。
研究開発類型ではさらに「実用化できるか」というハードルが加わります。
研究開発が成功するか
➀技術的に実現できる根拠はあるか」
➁研究開発の体制・期間・費用は現実的か
成果が売上につながるか
➀開発した技術を誰が買うのか」
➁「市場に受け入れられる根拠はあるか」
多くの研究開発型計画書は第1のハードルの説明(技術の話)に力を入れすぎて、第2のハードルの説明(事業化・売上)が薄くなりがちです。審査員にとってより重要なのは第2のハードルです。
3-6. 記述の順番と分量の目安
➀ 現状の事業内容・課題
➁ 今回取り組む新事業の内容・新規性
➂ なぜこの会社がこれをできるか
➃ 期待される効果・数値目標との接続
新規性:実現可能性 = 1:2 が目安
※ただし、計画の性質によって大きく変わるため、あくまで「目安」です。
まとめ 新規性と実現可能性のバランスが重要
➀ 新規性には2つの層がある(自社必須・業界も重要)
➁ 新規性と実現可能性は一部トレードオフになる
➂ バランスは「分けて書く」ことで取る
